小学生の時の青い思い出
小学生の時の飼育思い出。、悲しい。、
お話です。
記憶に薄っすらと残っている飼育と、獲れた時の鮮明な記憶と香りなお話です。
銀ブナを獲りに中流より上流川でモクズガニも獲ろうと思ってた頃のお話です。
銀ブナは川縁の土や岩の間に巣を作ります。
その巣穴に腕を突っ込み握りながら銀ブナを捕まえて、スカリに入れます。スカリの中がフナの卵だらけになる事もシバしば。サバ鯖ではないですwですが鯖くらい獲れますw
時たま鰻やナマズ、鮎も獲れました。
この時にスッポンも手掴みで捕りました。
甲羅の蓋が柔らかく、鼻で水面の空気を吸っている元気なスッポンでした。
お家に持って帰り、ペットとして買うために60センチ水槽に置き石とエアレーションをして観察しました。翌朝も起きてから一目散で確認しに行きました。元気にエアレーションの水にバチャバチャ泳いでいました。「元気だね!」って感じました。それから朝ごはんを食べ、また観察。同じくバチャバチャの元気っぷり。その姿を確認してから、外に生物散策へと出かけました。バケツいっぱいのシジミ取りや、牛蛙やクサガメやイシガメ。ニゴイやタガメのポケモンカードみたいな遊びwなんだそれ!w匂いも独特♪そんな事をした次の日の朝。
悲劇は突然におきました。、
なんと、スッポンが白くふやけて浮いてました。
この、教訓をいまだわすれません!
元気にバチャバチャしてたのは溺れて居たのです!鼻や首がいくら長いとは言え、60センチ水槽に敷石とエアレーション。絶えずブクブク水が流れるそのシュチエーション。幼心に元気と感じた自分が許せないショックでした。24時間以上も溺れていたのに「元気」と思った自分が許せない!!!
それからというと、必ず生き物の顔や手足、触覚や、口の呼吸、鰓や体色、匂いや食べ方、水深や温度の環境を、その生き物の声を代弁するべく最優先に聞ける耳と目を持てる様になりました。まだまだ修行中ですが、少しでも生き物のの気持ちに融合できるように自信をもって頑張るだけです!
スッポンが元気とおもって観察した景色や色や香りは今でも絶対的な鮮明さで昨日のことの様です。
それを、元気だと喜んだ自分が今でも許せません。凄く空気が行き届いたエアレーションの水の香りがツーンと鼻奥でしました。後悔も同じくそれの香りでした。その香りが今でもします。
浮いて白くふやけたスッポンを愕然と見。喧騒に似たエアレーションの響きがお葬式みたいでした。1人で泣きました。何故か親には声をかけませんでした。
お墓を作り、腫れた目をスッポンがいなくなった水槽の無機質な水面に写し、あのバシャバシャしていた動きを思い出し、鼻の中が溺れた時の様な水の痛みがあわさりました。それから直ぐに代わりのスッポンを探して親に心配をかけない様にしなきゃ!って焦り探しに行きましたが、見つかりませんでた。
凄く晴天で、水槽やエアレーションなど、飼育環境が整いすぎている風景が、無意味だと胸に突き刺さり、ふやけたスッポンが何度も脳裏に浮かび、自分の心もどこかに浮かんでしまいました。
それから梅雨入りして。何日か過ぎ。
川にも山にも行けない日々が、スッポンのふやけた白い亡骸と冷静に向き合わさせてくれたのでしょうか?その頃、おばあちゃんが亡くなり、お葬式にでて。最後の別れを告げさよならしましたが、何も涙が出ませんでした。だって生きてるみたいで、化粧も何もかも綺麗だったので。
アクリルの絵の具の香りを嗅いだ時に涙が溢れました。スッポンと優しいおばあちゃんはどうしてるのかなぁ?
絵の具の香りをかき消すために色んな色を混ぜて後悔の色を作りつづけてます。
そんな幼少期は変ですか?へんですよね?笑
ごめんなさい。色んな意味で,,,,モリアオガエルがケースに「んちゃ!」って飛びついて張りつきました。こちらをギロリと見てます。、無音の中、お叱りを受けているのか、お腹が減ったのか、命の尊さを今になってやっとわかった様な気がします。私もふやけて最後を迎えることとなっても本望ですが、分身を見届けるまでは神様お待ちください。
白くふやけたスッポンに祈る梅雨前でした。